2008年9月27日 白馬   戻る
 8:06 親父が調理したいなごの佃煮  8:16 蝶が飛んでました
 8:17 11月に収穫する菊芋の花  8:43 はなまめはまだ元気です
 8:44 はなまめ まだ青い  8:44 はなまめのはな
 8:45 はなまめ  8:46 はなまめを広げて干します
 9:06 ? 咲き出しそうです。  10:03 家の北側に咲く曼珠沙華
 10:04 親父が育てている菊 背が伸びません    12:18 妹の義母が煮てきた鯉のうま煮  
 12:27 お祭りのお祝いで    14:06 前列左から84歳、103歳、86歳 皆元気 
 15:13 手水舎    15:13 さすがに今日は人が多いです。  
 15:15 穂高区 源頼光土蜘蛛を退治の人形 5595   15:15 同の説明 5596 
 15:16 穂高区 薩英戦争の説明 5597   15:16 同の人形 5598 
 15:16 両町区 源義経雪の吉野山の説明 5599  15:16 同の人形 5600
 15:17 等々力町区 真田幸村の奮戦の説明 5601  15:17 同の人形 5602
 15:17 穂高町区 大阪夏の陣真田幸村の奮戦の説明    15:17 同の人形 5604 
 15:18 総勢5艘の御船   15:53 中学の同級生 
 15:59 1台目の入場 5610  15:59 真田幸村の奮戦 5611  
 16:00 等々力町区 5612  16:03 穂高町区 大阪夏の陣 5614
 16:07 穂高区 源頼光土蜘蛛を退治 5617  16:10 同 5620
 16:18 両町区 源義経 雪の吉野山 5622  16:18 最初の合体 5623
 16:18 同 5624  16:18 同 5626
 16:19 2度目 5630  16:19 同 5631
 16:19 同 5632   16:20 3度目 5634
 16:20 同 5635  16:20 同 5636
 16:21 4度目 5637  16:21 同 5638
 16:22 5度目 5640  16:22 同 5641 
 16:29 余りの激しさに人形が倒れそうで、それを人が支え   16:33 場所を替えて 何度目 5643
 16:33 同 5644  16:33 同 5645
 16:34 同 5647  16:34 同 5648
 16:34 同 5649  16:39 最後の御船 穂高区 薩英戦争 が廻ります 
 16:39 同 衝撃で人形が倒れました   16:42 最後の御船が出て行きます 

 9月27日、安曇野市の実家で、6時10分起床。40分の寝坊。雲が多いですね。気温は11℃。寒いです。

 さて本日は。

 朝食の時に、昨日、けんちゃんが持参してくれた、いなごを、親父が佃煮にしまして、食べました。久し振りでおいしいです。
 その後、少し、家の南で「はなまめ」の収穫と、その横のまめの足場を壊しました。
 菊芋の花も撮影。

 お昼は、妹宅で穂高神社のお祭りの人寄せで、親父を載せて行って来ます。
 親父が11時頃、一乗寺より戻って来ましたので、慌てましたが、まだ出発しないよと。
 11時半過ぎに実家を出発し、穂高駅の西側に住んでいる、妹宅へ、穂高神社の御船祭りのお呼ばれに行きました。
 すでに、103歳と86歳のおばあさんお二人が見えてました。
 私は一年振りにお会いしました。
 思い出せば、1年前の朝4時半に親父に起こされ、入院する羽目に。

 妹の旦那がなかなか戻ってきませんが、料理が冷めないうちにと、会食が始まりました。
 鯉のうま煮が出ました。これは、妹の義母が煮た物です。
 美味しい。
 妹の旦那も戻ってきました。
 姪が来るというので、写真撮影を延ばしてましたが、午後2時を過ぎても戻って来ませんので、撮影しました。
 すぐ、プリントを開始しましたが、A5で2枚プリントしたとこで、インク切れです。丁度お二人にお持ち帰り願いました。
 後は、明日寄りますので、それまでにプリントします。
 そして、親父を実家へ乗せて行きました。

 そして、午後3時過ぎから、穂高神社で御船祭りのクライマックス、男女の御船ののぶつかりあいを撮影してから、白馬へ戻ります。
 旧穂高町役場の職員駐車場へ駐車しました。
 穂高神社の東門から入り、南側に止めてある、5艘の御船を慌しく撮影しました。
 すでに、本殿前には、カメラマンや見物人がだいぶ集まっています。私も、3人目くらいに場所をとりました。
 しばらく待つと、午後5時50分ころから、本殿前の神楽殿の回りを世話役の人たちが周回を始めました。
 そして、御船がいよいよ、動き出し、入ってきました。1艘目、2艘目、3艘目は各々3周づつして出て行きました。
 4艘目の両町区の御船に続き、5艘目の穂高区の御船が入って来て、ぶつかりあい(合体)が始まりました。
 本殿の前で、5回目のぶつかりあいを撮影して、撮影場所を移動しようと歩こうとしましたら、膝がこわばってすぐ歩けません。
 また、無理に歩きだしましたら、痛いです。背伸びして、撮影していたために膝に力が入ったようです。
 でも、少し歩きましたら、直りました。
 神楽殿の北側で撮影に。
 まだ、本殿前でぶつかりあいが行われたので、少し待ちました。
 そしていよいよ、場所を移動してのぶつかりあいが3回行われまして、最後の御船が、神楽殿の回りを3周して、境内を出て行き、
 終了しました。
 私は、白馬のアパートへ戻りました。

今後の予定
 28日 白馬から東京は立川市へ行き、女房を乗せて、小田原市の女房の実家へ行きます。
 29日 小田原市から、女房の両親を乗せて、安曇野市の穂高有明にあります、江戸川区立穂高荘に泊まります。
    夕食は、私の親父も呼んで、5人でいただきます。親父は自宅が良いと、自宅まで送ります。
 30日 どこかを観光して、安曇野市の実家へ宿泊。小田原の父母たちは、久し振りです。
 10月1日 安曇野市から小田原市へ父母を送って行き、東京は立川市で泊まります。
 2日 立川市と八王子市で買物等して、立川市泊まり。
 3日 夜、女房と一緒に安曇野市の実家へ。
 4日 安曇野市のかなり山に入ったところのホテルで姪の結婚式です。女房は夕方立川市へ帰ります。私は?。

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