2010年9月12日 安曇野市   戻る
 14:55 白狐神社 参道入口  3903  14:57 同 入口  3905
 15:08 同 本殿で祭事が  3907  15:09 同 同  3908
 15:16 同 同  3912  15:34 同 浦安の舞  3917
 15:34 同 同  3919  15:35 同 同  3923
 15:37 同 同  3927  15:37 同 同  3928
 15:37 同 同  3930  15:37 同 同  3931
 15:37 同 同  3933  15:39 同 同  3939
 15:41 同 同  3948  15:41 同 同  3949

 9月12日、安曇野市の実家で7時起床。気温は21℃。体感気温はもっと低い。曇り。
 昨日撮影出来ませんでしたので、午後、ある税理士先生の娘さんの踊りの撮影に別の神社へ行きたい。

 9月10日 世界一四尺玉打揚げの片貝花火二日目 100画像UPしました。

 安曇野市にあります、白狐神社そばのM税理士さんの娘さんが、「浦安の舞」を踊ると言うので撮影に行って来ました。

 浦安の舞 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 1940年(昭和15年)11月10日に開かれる「皇紀二千六百年奉祝会」に合わせ、全国の神社で奉祝臨時祭を行うに当たり、祭典中に奉奏する神楽舞を新たに作ることが立案され、当時の宮内省楽部の楽長である多忠朝が国風歌舞や全国神社に伝わる神楽舞を下地に作曲作舞した神楽舞である。
 1933年(昭和8年)の昭和天皇御製 天地(あめつち)の神にぞ祈る朝なぎの海のごとくに波たたぬ世を が神楽の歌詞となっている。
 皇紀二千六百年奉祝臨時祭に合わせて奉奏するために日本全国で講習会が開かれ、海外鎮座の神社でも奉奏されるべく朝鮮・台湾などの外地へも講師が派遣された。
 奉祝会当日午前10時には全国一斉に奉奏された。以降各神社で舞われるようになり、現在に至っている。
 明治以降整備されてきた神社祭祀制度には女性による奉仕に関する規定が無かったが、舞の制定により女性が神社に奉仕する機会が作られた。また全国規模の講習会と奉奏の徹底は神社における神楽舞の普及に大きく貢献した。
尚、浦安の舞などの近代に作られた神楽は国風歌舞や舞楽舞を下地に創作されたものであり、広義では雅楽の延長線としても捉えられているが、神社祭祀に特化した新たな創作神楽であることから、狭義では雅楽と明確に区分される。
 特に作曲・作舞した多忠朝は、日本神話を根拠とする神楽舞の重要性、日本文化に於ける神楽の独自性を主張している。

 神社の本殿で踊りましたので、少し暗めでした。昨夜も踊ったそうですが、撮影にこれませんでした。
 昨夜は地元の日吉神社でも地元の人が踊りました。


今後の予定。
 9月14日 白馬でご用。
 9月17日 税理士会松本支部の木曽例会等へ。水木沢でハイキングを行い、木祖村菅の「あららぎ荘」で例会等です。

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