No.1_2001年9月25日 霞沢岳(標高2646m)より
 島々より、憧れの徳本峠に登り、ランプの宿の徳本峠小屋に泊まる。翌日、朝食が団体客のおかげか遅く、霞沢岳を目指して歩き出したのは7時過ぎです。。いくつかのピークを過ぎて、霞沢岳に到着。コーヒーを沸かし、昼食をとり、パノラマ撮影を開始する。ほぼ、360度のパノラマで、12枚の画像をCanonのPhotoStitchと言うソフトに呼び込ませて自動的につないだものです。私も出来映えには感心しました。幅210mmのロール紙で印刷すると、長さは約4mになります。Nikon D1でレンズの焦点距離は35mm(銀塩写真換算で約53mm)で撮影しました。(nc_d1007に元画像が)
 撮影後、来た道を徳本峠小屋まで戻り、上高地に向かって、下りました。途中から、右折し、氷壁の宿 徳沢園 に着いたのは、18時を回っておりました。山岳小説の名作「氷壁」の舞台となった、宿です。ナイロンザイル事件を題材に井上靖さんが書かれた小説です。

No.2_2002年4月6日 鉢伏山(標高1928m)より
                    この上が諏訪湖で、その向こうに富士山が見えるはず。
 塩尻より高ボッチ高原をドライブし、鉢伏山荘の駐車場に車を止め、歩くこと30分くらいで、鉢伏山に到着。富士山のビューポイントとしても名高い場所だと思います?。
 Nikon D1 にレンズは34mm(銀塩写真換算51mm)で、11枚撮影して、つなぎました。(nc_d1402に元画像が)
 中央にあるのは御岳でしょうか。

No.3_2002年4月28日 焼岳(標高2455m 但し、登山可能な頂上は2393m)より
 妻と妻の友達とで上高地へ散策の旅を計画し、いざ実行となる、少し前に妻の友達が、体調を崩し、行かれなくなりました。中止も考えましたが、折角妻が行く気になったので、上高地には行くことにしましたが、妻はあまり歩きたくないと言うので、私だけ山へ登り、妻は上高地の散策をすることにしました。
 で、選んだ山が、焼岳でしたが、田舎の親父が言うに、今の季節は雪もほとんど無いはずと・・・無いはずの雪がまだ有りまして、往生しました。私は、中の湯でタクシーを降り、登山開始です。その時刻は午前7時8分です。アイゼンも用意して行きましたが、結果は使用せずでした。
 焼岳は、北アルプスを代表する活火山でありますが、入山禁止の山で、登山可能な頂上は2393mとのこと。その頂上へ着いたのが、午後0時4分でした。まず、パノラマ用の写真を撮影しました。食事後、今日の宿の氷壁の宿 徳沢園 に着いたのは、18時を回っておりました。妻も宿の人も心配してくれました。遺憾ですね。
 Nikon D1でレンズの焦点距離は35mm(銀塩写真換算で約53mm)で12枚撮影しました。(nc_d1409に元画像が) 噴煙が邪魔しうまく撮影出来ませんでした。

No.4_2003年9月22日 縣陵創立80周年記念音楽祭にて
 松本市にあります、県立松本県ヶ丘高等学校は、2003年に創立80周年を迎え、同窓の先輩である、作詞家の松本礼児さんと歌手の上條恒彦さんが中心となって、記念音楽祭が開催されました。
ミッチャンご意見番と私は、コーラスに参加すると申し込みはしましたが、参加せず。音楽祭の直前にミッチャンはビデオを頼まれましたので、私はカメラで参加することにしました。
 当日、本番の時は一階の客席中央で撮影したため、1枚に入りきらず、3枚撮影しつなげました。(Ko_0909に元画像が)
 Kodak DCS Pro 14N でレンズは70mm f2.8 1/90秒のシャタースピードで手持ち撮影です。ストロボ無しです。上條さんらの歌手の方はボケていて、失礼しましたが、ブラスバンドの学生以降はピントが合っており、後日高さ50Cm * 横150Cm の写真に引き伸ばして、同窓会へ寄付しました。額に入れていただきました。 私用に高さ60Cm * 横180Cm に伸ばしました。
 ミッチャンのビデオも大評判でした。

No.5_2004年1月18日 白馬五竜スキー場のアルプス平ゲレンデ(標高約1600m)より 東側の山並みを
 本日は朝から、快晴でしたが、下の方で滑っておりました。はたと気づき、パノラマ撮影を思い立ちまして、撮影しました。白馬五竜スキー場のアルプス第1ペアリフトの降場付近からと思います。午前11時過ぎに東側を手持ちで撮影しましたが、うまくつながりました。
 Nikon D2H でレンズは28mm(銀塩写真換算で約42mm)で4枚撮影しました。(nc_d2406に元画像が)

No.6_2004年1月18日 白馬五竜スキー場の上部の地蔵の頭(標高約1676m)より 西側の山並みを
 上の画像を撮影した後、急坂をスキー靴で登り、地蔵の頭(画像の右側に地蔵ケルンがあります。)に到着し、記念撮影後、パノラマ撮影をしました。午前12時頃の撮影です。やはり手持ちで撮影しましたが、右下がりに撮影したため、余白を切ると、上下が細くなり、迫力が失せますので、わざとギザギザは残しました。
 Nikon D2H でレンズは28mm(銀塩写真換算で約42mm)で5枚撮影しました。(nc_d2406に元画像が)
 この写真と上の写真は好評で、何人かにお買い上げいただきました。ちなみに、幅210mmのロール紙に長さ約1070mmの写真は3,000円で上の写真との2枚セットで5,000円です。

No.6-2_2005年4月27日 白馬ハイランドスキー場の上部より 西側の山並みを
 白馬五竜スキー場から町を挟んで東側に位置する、白馬ハイランドスキー場の上部からの白馬三山と白馬五竜岳方面です。
 Canon EOS-1D Mark-Uでレンズは40mm(銀塩写真換算で約52mm)で6枚撮影しました。

No.7_2005年5月26日 長峰山(標高934m)からの北アルプスを望む
 長峰山は、私の大好きな常念岳(標高2857m)を望む、絶好のビューポイントです。眼下に私が育った安曇野(あずみの)が見下ろせます。少し霞んでいますが、右側には、まだ雪で白い、鹿島槍岳(標高2889)の双耳峰が望めます。
 1975年、女優の「大竹しのぶ」デビュー作のNHK連続テレビ小説 「水色の時」の舞台となったのは、松本ですが、安曇野も重要な位置を占めました。この時、写真家田淵行男先生も出演されました。この「水色の時」以降安曇野は全国に知れ渡り、特に若い女性ファンの人気スポットとなりました。
 Canon EOS-1D Mark-Uでレンズは40mm(銀塩写真換算で約52mm)で4枚撮影しました。(nc_d7602に元画像が)

No.8_2005年6月25日 Hakuba47の頂上=南沢の頭(1459)のリフト降り場の屋根の上から、西側を。 東側は霞んでいてだめでした。
 この日、私は一人でHakuba47のゴンドラ頂上駅まで、車でのぼる。その後、徒歩で南沢の頭まで徒歩で登る。前回は、ジープに乗せてもらい、ここまで来ましたが、今回は私一人のため徒歩。ここは、クワッドリフトLineCの終点で、丁度、屋根の修理で、足場が組んであり、屋根には防水シートがかけてありました。画像の右下の水色が防水シートです。前回に、同行の某先生より、屋根に上がれと言われ、高所恐怖症だから、だめと断りましたが、どうしてもと言われ、登って、写真を撮りましたが、不満足でしたので、ここには不掲載です。その敵討ちと、勇みました。膝がガクガクでしたが、どうにか屋根まで上り撮影したものです。露出失敗は愛嬌とお許しください。翌日も登りましたが、山がぼんやりでだめでした。
 Canon EOS-1D Mark-Uでレンズは35mm(銀塩写真換算で約46mm)で縦位置で9枚撮影しました。(nc_d8004に元画像が)

No.9_2005年6月25日 Hakuba47の頂上=南沢の頭(1459)から、西側を。 東側は霞んでいてだめでした。
 No.8の画像は、屋根の上からで、No.9の画像は、地上からです。約6mの高さの違いと、屋根より前側からなのか、大分印象がちがいます。
 Canon EOS-1D Mark-Uでレンズは35mm(銀塩写真換算で約46mm)で横位置で5枚撮影しました。(nc_d8004に元画像が)

No.10_2005年7月15日 ニュージーランドでヘリスキー その1
 ニュージーランドのメスベンヘリスキーでのパノラマ写真です。Canon EOS-1D Mark-Uでレンズは40mm(銀塩写真換算で約52mm)で横位置で7枚撮影しました。NO.12まで手持ち撮影。

No.11_2005年7月15日 ニュージーランドでヘリスキー その2
 ニュージーランドのメスベンヘリスキーでのパノラマ写真です。Canon EOS-1D Mark-Uでレンズは35mm(銀塩写真換算で約46mm)で横位置で6枚撮影しました。

No.12_2005年7月15日 ニュージーランドでヘリスキー その3
 ニュージーランドのメスベンヘリスキーでのパノラマ写真です。Canon EOS-1D Mark-Uでレンズは40mm(銀塩写真換算で約52mm)で横位置で4枚撮影しました。ヘリスキーの基地のある牧場です。

No.13_2005年9月9日 Hakuba47の頂上=南沢の頭(1459)から、西側を。 東側は霞んでいてだめでした。
 Kodak DCS Pro 14N でレンズは40mmで横位置で6枚撮影した内の4枚を使用。

No.14_2005年9月12日 Hakuba47の頂上=南沢の頭(1459)から、西側を。 東側は木が邪魔です。
 Kodak DCS Pro 14N でレンズは?mmで横位置で7枚撮影

No.15_2005年9月12日 白馬五竜スキー場の上部の地蔵の頭(標高約1676m)より 西側の山並みを
Kodak DCS Pro 14N でレンズは?mmで横位置で6枚撮影

No.16_2005年9月12日 白馬五竜スキー場の上部の地蔵の頭(標高約1676m)より 東側の山並みを
Kodak DCS Pro 14N でレンズは40mmで横位置で5枚撮影

No.17_2005年10月23日 Hakuba47の頂上=南沢の頭(1459)から、西側を。 東側は木が邪魔です。
朝起きて、急いで山へ登ると、地蔵の頭付近は初冠雪(未確認)みたいです。Canon EOS-1Ds Mark-Uでレンズは35mmで横位置で6枚撮影しました。

No.18_2005年10月23日 白馬五竜スキー場の上部の地蔵の頭(標高約1676m)より 西側の山並みを
朝食後にCanon EOS-1Ds Mark-Uでレンズは40mmで横位置で6枚撮影しました。

No.19_2005年10月23日 白馬五竜スキー場の上部の地蔵の頭(標高約1676m)より 東側の山並みを
Canon EOS-1Ds Mark-Uでレンズは40mmで横位置で5枚撮影しました。

No.20_2006年3月7日 白馬五竜スキー場の上部の地蔵の頭(標高約1676m)より 西側の山並みを
Canon EOS-1D Mark-Uでレンズは40mm(銀塩写真換算で約52mm)で縦位置で10枚撮影し、合成後上下をトリミングしました。手持ち撮影です。残念なことに、雨飾山方面が霞んで見えません。

No.21_2006年3月9日 Hakuba47の頂上=南沢の頭(1459)から、西側を。
Canon EOS-1D Mark-Uでレンズは35mm(銀塩写真換算で約46mm)で縦位置で9枚撮影し、合成後上下をトリミングしました。手持ち撮影です。五竜岳は後が白い雲におおわれてます。

No.22_2006年3月9日 白馬五竜スキー場の上部の地蔵の頭(標高約1676m)より ケルンの北側から西側の山なみに続く山なみを東側の途中まで。
Canon EOS-1D Mark-Uでレンズは35mm(銀塩写真換算で約46mm)で縦位置で10枚撮影し、合成後上下をトリミングしました。手持ち撮影です。五竜岳に迫力がありません。

No.23_2006年3月9日 白馬五竜スキー場の上部の地蔵の頭(標高約1676m)より ケルンの南側から西側の山なみに続く山なみを。
Canon EOS-1D Mark-Uでレンズは35mm(銀塩写真換算で約46mm)で縦位置で8枚撮影し、合成後上下をトリミングしました。手持ち撮影です。

No.24_2006年3月9日 白馬五竜スキー場の上部の地蔵の頭(標高約1676m)より 東側の山なみを。
Canon EOS-1D Mark-Uでレンズは35mm(銀塩写真換算で約46mm)で縦位置で9枚撮影し、合成後上下をトリミングしました。手持ち撮影です。正面の浅間山の右は霞んでいます。

No.25_2006年3月9日 白馬五竜スキー場の上部の地蔵の頭(標高約1676m)より 西北側から東側の山なみを。
Canon EOS-1D Mark-Uでレンズは35mm(銀塩写真換算で約46mm)で縦位置で8枚撮影し、合成後上下をトリミングしました。手持ち撮影です。

No.26_2006年3月15日 Hakuba47の頂上=南沢の頭(1459)から、西側を。
Canon EOS-1D Mark-Uでレンズは35mm(銀塩写真換算で約46mm)で縦位置で9枚撮影し、合成後上下をトリミングしました。手持ち撮影です。

No.27_2006年3月15日 白馬五竜スキー場の上部の地蔵の頭(標高約1676m)より ケルンの南側から西側の山なみを。
Canon EOS-1D Mark-Uでレンズは35mm(銀塩写真換算で約46mm)で縦位置で9枚撮影し、合成後上下をトリミングしました。手持ち撮影です。 3月16日訂正しUP。

No.28_2006年3月15日 白馬五竜スキー場の上部の地蔵の頭(標高約1676m)より 東側の山なみを。
Canon EOS-1D Mark-Uでレンズは35mm(銀塩写真換算で約46mm)で縦位置で7枚撮影し、合成後上下をトリミングしました。手持ち撮影です。

No.29_2006年3月15日 白馬五竜スキー場の上部の地蔵の頭(標高約1676m)より 西北側から東側の山なみを。
Canon EOS-1D Mark-Uでレンズは35mm(銀塩写真換算で約46mm)で縦位置で7枚撮影し、合成後上下をトリミングしました。手持ち撮影です。

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